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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)3813号 判決

原告 今西興産株式会社

右代表者代表取締役 高山敏生

右訴訟代理人弁護士 松浦武二郎

被告 佐藤林業有限会社

右代表者代表取締役 佐藤了一

〈ほか一名〉

被告両名訴訟代理人弁護士 関栄一

主文

被告佐藤林業有限会社は原告に対し、一〇〇万円およびこれに対する昭和四二年一〇月二六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被告丸上木材工業株式会社は原告に対し、九〇万円およびこれに対する右同日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

この判決はかりに執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判。

一、原告

主文一ないし三項同旨の判決ならびに仮執行の宣言。

二、被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二当事者の主張。

一、請求の原因

(一)  原告および訴外株式会社吉野中央木材は互いに相手方の信用を利用し合う目的で、いわゆる融通手形として交換的に、原告が別紙目録記載(1)、(2)の約束手形(以下単に本件各手形という)を、訴外会社が同目録記載(3)、(4)の約束手形を振出した。

(二)  原告および右訴外会社が各相手方振出の手形を自己の手許に所持している間に、右訴外会社は経営が行詰り支払不能の状態となって昭和四二年八月倒産するに至った。

(三)  ところで、右融通手形の交換をするに際し、原告と訴外会社との間で、相互に振出を受けた手形が手許に所持している間に当事者の双方または一方が倒産する等の事情が生じ融通目的を達する見込がなくなった場合は、当然相手方振出の手形を相互に返還する旨の合意ないし了解がなされていたので、訴外会社が倒産したことにより、原告と訴外会社は手許に所持している前記各交換手形を相互に返還すべき義務が生じた。かりに、右のような明示の合意がなかったとしても、交換手形の性質上、一方当事者が倒産し相手方に対して融通を得るための自己の信用を利用させることが不能となった場合は、振出の目的を失ったものとして当然相互に相手方振出の手形を融通し合う義務が生ずるものというべきである。

(四)  ところが、訴外会社の債権者である被告らは、同年八月一九日訴外会社の代表取締役が不在であるうえ訴外会社から本件各手形が融通手形であって原告に返還すべきものである旨申出られたにもかかわらず、手形授受について何らの権限のない右社員を強要し、かつ単に保管するため預ると称して右社員を欺罔して、右社員から本件各手形を他の手形小切手および帳簿書類印鑑等と共に交付させた。

(五)  右事実を知った原告は被告らに対し、同年九月二日および同月一五日に、本件各手形の返還を求めたがこれに応ぜず、被告佐藤林業有限会社は本件(1)の手形を訴外佐藤茂樹に裏書し、また被告丸上木材工業株式会社は本件(2)の手形を訴外作内二郎に裏書した。

(六)  そのため、原告はやむなく本件各手形の支払期日に各手形金の支払をなし、右各手形額面金相当の損害を受けるに至った。

よって被告らは原告に対し、原告の訴外会社に対する本件各手形の返還請求権の行使を不能にした債権侵害の右不法行為により、それぞれ原告に与えた右損害を賠償すべき義務がある。

(七)  かりに、原告の被告らに対する右損害賠償請求権発生の主張が理由がないとしても、次のとおり、右訴外会社は被告らに対し債務不履行または不法行為による損害賠償請求権を取得しているから、原告は訴外会社の債権者として訴外会社に代位してその損害金の請求を行使する権利がある。すなわち、

1 原告が訴外会社に対し、本件各手形返還請求の権利を有することは前述のとおりである。

2 被告らは、前述のとおり本件各手形を帳簿書類等と共に訴外会社のため預り保管していたものであるから、訴外会社に対しこれを返還すべき義務を負うことが明らかである。

3 ところが、被告らは本件各手形を訴外会社に返還しないでほしいままに第三者に譲渡し、その返還を不能にして訴外会社に本件各手形の額面金相当の損害を与えた。

しかるに訴外会社は被告らに対する右損害賠償請求の権利を行使しない。

(八)  よって、原告は、第一次的に原告の前記損害賠償請求権を請求原因として、予備的に債権者代位による訴外会社の前記損害賠償請求権の行使を請求原因として被告佐藤林業有限会社に対し本件(1)の手形の額面金相当の一〇〇万円の損害金、被告丸上木材工業株式会社に対し本件(2)の手形の額面金相当の九〇万円の損害金およびそれぞれ右各損害金に対する右各手形の支払期日の翌日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、被告らの答弁。

(一)  請求原因(一)項中、原告が本件各手形を振出したものであることは認めるがその余は不知。

(二)  同(二)項中、訴外会社が倒産したことは認めるがその余は不知。

(三)  同(三)項中、前段の事実を否認し、後段の法律的見解を争う。

かりに、本件各手形が原告の主張するような交換手形であるとしても、原告が訴外会社に融通を得るのに使用させる目的で振出した手形である以上、特約のない限り、訴外会社は、手形の支払期日が到来するまでこれを融通を得る目的で利用し得るのであって、訴外会社が倒産したからといって法律上当然に本件各手形を原告に返還すべき義務を負うことになるものではない。

(四)  同(四)項中、被告らが訴外会社の債権者であることは認めるがその余は否認する。

被告らの訴外会社に対する債権の一部弁済のため、訴外会社から、被告佐藤林業有限会社において本件(1)の手形を、被告丸上木材工業株式会社において本件(2)の手形をそれぞれ交付を受けたものである。従って、かりに、本件各手形が融通手形であって、訴外会社がその倒産した場合にこれを原告に返還する旨を約束しており、かつ被告らがその事実を知っていたとしても、融通手形の性質上、原告は被告らに融通手形の抗弁をもって対抗し得ないものと解すべきであるから、被告らはそれぞれ右の本件手形の交付を受けたことにつき不法行為の成立する余地はない。

(五)  同(五)項中、被告らが原告から本件各手形の返還の要求があったこと、被告らがそれぞれ交付を受けた本件手形を原告主張のとおり第三者に裏書したことは認める。

(六)  同(六)項中、原告が本件各手形金の支払をしたことは不知、その余は争う。

(七)  同(七)項中、被告らが訴外会社からそれぞれ前記の各本件手形の交付を受けたこと、これを第三者に裏書したことは認めるが、その余はすべて否認する。

第三証拠≪省略≫

理由

一、≪証拠省略≫によると、原告は訴外株式会社吉野中央木材との間で、相互に金融を得させる目的で額面金額を等しくする融通手形を振出し合うことを約し、各振出の手形をそれぞれ振出人において決済するものとし、昭和四二年七月頃、訴外会社から別紙目録(3)、(4)の約束手形の振出を受けるのと交換に、本件各手形を訴外会社に振出したこと、訴外会社は同年八月八日頃支払不能となって倒産するに至ったが、当時、原告および訴外会社とも、右各振出を受けた手形をそれぞれ手許に所持したままになっていたことが認められ、右認定を左右する証拠がない。

ところで、原告と右訴外会社との間に、右交換手形の振出に際し、双方または一方当事者が倒産した場合、相互に各振出した手形を返還する旨の明示的な合意がなされたことを認めるに足りる証拠がないが、本件のように、両者間に、自己振出の手形は自己において支払うべき義務を負い、相手方振出の手形は相手方が支払う義務を負うものとして、相互に対価関係にたつ同金額の融通手形が交換された場合においては異なった特約の存しない限り、その融通契約の内容として、黙示的に、当事者の双方または一方に自己振出の手形を支払期日に決済することが不能とみられる倒産その他の事由が生ずれば、当然融通契約が解消され各振出した手形は相互に返還すべきものとする合意がなされているとみるのが相当であるから、証拠上原告と訴外会社との間に右と異なる合意があったことの認められない本件においては、結局、訴外会社は、倒産して支払不能となったことにより、原告との間の融通契約が当然消滅し、本件各手形を原告に返還する義務を負うに至ったというべきである。

二、次いで、≪証拠省略≫を総合すると、右訴外会社は、倒産の当時責任者である代表取締役が債権者の追及を逃れて所在をくらまし、経理課長である訴外田中三郎が倒産後の一切の事務処理に当っていたこと、訴外会社の債権者である被告らから訴外会社に対する債権取立の委任を受けた弁護士福岡清は、訴外会社の倒産直後、訴外会社の債権の調査および財産の散失を防ぐ目的から、右田中に対して、訴外会社の帳簿書類の呈示および訴外会社の所持する一切の手形小切手の引渡しを求めたこと、右申出に対し田中はこれを拒絶したが、同弁護士から右申出に応じないなら破産申立をして提出させるようにする旨言われるに及び、同弁護士に対し訴外会社の帳簿書類、印鑑および訴外会社が現に所持している本件各手形を含む手形小切手の一切を引渡すに至ったこと、田中は右引渡しをするに際し、福岡弁護士に対し本件各手形が商業手形でなく融通手形である旨を告げたこと、福岡弁護士は同月二一日右引渡を受けた本件各手形を被告らに手渡し、被告らは、被告佐藤林業有限会社において本件(1)の手形を、被告丸上木材工業において本件(2)の手形をそれぞれ自己の訴外会社に対する債権の弁済に当てるため取得するに至ったこと、一方原告の専務取締役高山恭彦は同月二八日訴外会社に本件各手形の返還を求めたところ、右田中から本件各手形を会社帳簿書類と共に福岡弁護士に預けてあることを言われ、即日同弁護士を訪ね、本件各手形が融通手形として振出したものである旨を話してその返還を求めたが、同弁護士から右申出を拒絶されたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠がない。右認定したところによれば、被告らの代理人である福岡弁護士は、本件各手形が訴外会社の積極財産でないことは勿論、訴外会社の倒産により融通目的でこれを他に流通する基礎を失って振出人である原告に返還されるべきものであることを通知していたものと認めるのが相当であり、この認定に反する証人福岡清の証言は採用できない。

ところで、被告らは、本件各手形をそれぞれ訴外会社に対する債権の弁済として訴外会社から譲渡されたものである旨主張するが、右田中が福岡弁護士に本件各手形を引渡した際は勿論その後においても被告らにこれを譲渡する旨の意思表示をした事実を認め得る証拠がない。もっとも、証人田中三郎の証言によると、福岡弁護士に本件各手形を含む手形小切手を引渡した際、それが訴外会社の債権者に対する債務弁済に当てられても致し方ないと考えていたことが認められるが、そのことから直ちに、右田中が、訴外会社の他の債権者をさしおいて被告らのみに対する弁済に当てることを容認していたものとは推認し難い。かりに、右田中が、本件各手形が被告らの債権弁済に当てられる場合も予想していたとしても、少くとも、被告らが訴外会社に対し債権弁済に充当する旨の意思表示をしない限り、本件各手形を有効に取得したことにはならないというべきところ、証人福岡清が、田中に交付した旨証言する被告佐藤林業有限会社代表の本件(1)の手形の受領書および被告丸上木材工業株式会社の本件(2)の手形の受領書が、いつ、どのような機会に田中に交付されたか証拠上判然とせず、他に被告ら或いはその代理人である福岡弁護士が訴外会社に対し右趣旨の意思表示をしたと認めるに足りる証拠がない。

以上検討したところによれば、被告らはそれぞれ訴外会社の意思にもとづかないで前記の各本件手形を取得し、その結果原告の訴外会社に対するその各本件手形の返還請求権の行使を不能ならしめたものであることが明らかであり、被告らは右債権侵害につき原告に対し不法行為責任を負うに至ったというべきである。

三、かりに、被告らが訴外会社との間で前記の各本件手形を有効に取得したことになるとしても、被告らの代理人において、融通手形である本件各手形が融通目的を達せられないまま受取人たる訴外会社から振出人たる原告に返還されるべき関係にあることを知りながら訴外会社に本件各手形を譲渡させることは、訴外会社の原告に対する手形返還義務の違反行為に加担ないし協力したことにほかならないのであって、それ自体振出人たる原告に対する債権侵害の不法行為に該当するものと解されるから、いづれにしても、被告らの原告に対するその責任は免れないというべきである。なお、被告らは、被告らが本件各手形が融通手形であり且つそれが訴外会社から振出人たる原告に返還されるべき関係にある事情を知ってこれを取得したものとしても、振出人たる原告は右知情の事実を抗弁として被告らに対抗し得ないから、被告らに不法行為の成立する余地がない旨主張するが、右のような場合、原告は被告らに対し悪意の抗弁をもって対抗することができると解すべきであり、被告らの右見解は採用できない。

四、被告らがそれぞれ自己の取得した前記の各本件手形を第三者に裏書したことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、本件各手形が所持人により支払期日に支払場所に呈示され、原告がその各手形金を支払ったことが認められ、右認定に反する証拠がない。右事実によると、原告は被告らの前記不法行為によって各本件手形金相当の損害を受けたものというべく、被告らはそれぞれ原告に対し、原告主張の損害金の支払義務のあることが明らかである。

五、よって、原告の被告らに対する各請求は、いずれも理由があるから認容し、民事訴訟法第八九条九三条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 柿沼久)

〈以下省略〉

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